足尾銅山 (アシオドウザン)

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詳細

住所 〒 321-1523
栃木県日光市足尾町松原6-3
照会先 足尾銅山観光管理事務所
照会先電話番号 0288-93-3240
ホームページURL http://www15.ocn.ne.jp/~ashiokan/index.htm

足尾町(現日光市)備前楯山を中心に発展した日本有数の銅山。
かつては銅のほか亜鉛・硫化鉄鉱なども算出し、日本屈指の銅山として有名であった。
1610(慶長15)年備前楯山・渡良瀬川支流の渋川の谷間で銅鉱が発見されたことを銅山の始まりとするが、それ以前にも採鉱していた記録がある。
精銅(銅吹き)は1611(慶長16)年に始められたが、幕府は代官所を設けて銅山を支配し、1626(寛永3)年に一時東照宮の支配となった他は1647(正保4)年以降幕府の直営であった。
江戸時代には1676(延宝4)年から12年間が最盛期で、毎年1300~1500tの生産があり、長崎からオランダへ輸出されたという。
しかしその後、当時の技術では生産高があがらず、1742(享保2)年から鋳銭座を開き寛永通宝一文銭が鋳造された。
この一文銭は足尾の足の字が入っていたため「足字銭」とも呼ばれた。

明治に入ってからは政府経営となったが民間に移管され、数人の銅山主を経た後1877(明治10)年以降は古河市兵衛が経営した。
その後1877(明治10)年から本坑などの掘削が進み、また近代化への投資のため火力発電所や銅山私設電話が設置された。
銅鉱の輸送のために日光線に合わせた鉄道馬車が運営され、また1912(大正元)年には足尾線がひかれた。
銅山の近代化によって生産量は増大し、1888(明治21)~1897(明治30)年には日本全国の銅生産の約40%を占めるまでになった。
一方、急激な変化は公害や労働争議を引き起こし、大きな社会問題となった。
公害の谷の復旧のために1957(昭和32)年より政府は砂防ダムの足尾ダムをはじめ多くの砂防ダムを建設したが、まだ鉱害問題は完全な解決を見せていない。
1973(昭和48)年、第二次世界大戦中の乱掘や施設・鉱山自体の老朽化による経営困難により閉山を余儀なくされた。
現在ではわたらせ渓谷鉄道などによる観光に力を注いでいる。

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