南那須と文学作品 (ミナミナストブンガクサクヒン)

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住所 栃木県那須烏山市

【亀さん】広津柳浪作。小説。1895年(明治28)『五調子』に発表。不幸な境遇の、身体的不具者、白痴、醜い男女などを題材とし、陰惨な事件を巻き起こすといった内容で、深刻小説あるいは悲惨小説と呼ばれ、当時の文壇に大きな波紋を投げかけた作品。亀さんは須藤亀麿といい、烏山の名刹法恩寺の総領息子で年は23歳。生まれながらの白痴で、頭が大きく、猪首で肉にしまりがない。両手をだらりと下げて首を前へかがめて歩く亀さんが通ると、福の神が門口に来た、といった調子で、誰一人として亀さんを憎む者はいなかった。
ところが思いもかけない事件が起こった。ある日亀さんは、行きつけの金花堂の娘お清に襲いかかったのである。その上、騒ぎを聞いて駆けつけた亀さんの姉初枝にまで抱きつく始末。
金井町の焼跡に出没する遊女お辰にたぶらかされた亀さんは、お辰のいう通り10時の鐘と同時に火を放つ。折からの烈しい北風のためにたちまちお辰の家は火の海と化し、お辰は焦熱地獄の中で狂死する。
【はやり唄】小杉天外作。小説。1902年(明治35)刊。フランスの自然主義作家ゾラの「遺伝と環境」論によった代表的作品として有名。
高根沢の大富豪円城寺家の婿取娘雪江が主人公であるが、雪江の過失は、すべて円城寺家の男狂いの血統であり、人間は遺伝や環境によって支配されるものであるということを写実的に描こうとした作品。高根沢の円城寺家は江戸まで響いた大富豪であるが、代々婿取りで淫乱な血統であった。
婿取娘雪江は絶世の美人、雪江の夫常雄は、梅園男爵の三男で、洋行までした新進の洋画家。常雄が描いた裸婦のモデルは、宇都宮の芸妓小福であることを知らされる。
嫉妬に狂う雪江は、アトリエに掛けてある小福の裸婦像の絵を八つ裂きにして気絶する。石丸の診察で回復するが、これを機会に雪江と石丸の間に愛が芽生え、雪江の多淫な血がさわぎはじめる。雪江と石丸は温室の中で互いに愛を告白し合う。雪江と常雄の仲は冷たくなり、遂に常雄は離縁して東京の実家へ帰る。間もなく石丸は東京へ戻り、雪江も村から姿を消した。やがてこの地方におかしな歌がはやり出した。「温室で蒸されて下紐解けて、狂ひ咲く花親の種」。〈親の種〉とは、血統・遣伝のことである。
【蛇姫様】川口松太郎作。小説。1939年(昭和14)翌年まで『東京日日新聞』に連載。
大久保家烏山三万石をめぐるお家騒動と妹おすがの仇敵佐伯親子を狙う兄千太郎の復讐とを織り交ぜた伝奇的ロマン小説。川口松太郎は、大正初期に、電信技手として祖母井郵便局に勤務したことがあり、その時に古老たちから烏山大久保家にまつわる伝説を聞き、それを素材に構成したのがこの小説。
国家老佐伯左衛門の子彦次郎は、「ひのき屋」の娘おすがが座敷に顔を出して挨拶をしないことに腹を立て、ひのき屋の主人米五郎を斬りつける。
腹にすえかねた息子の千太郎は彦次郎を追って傷を負わせる。千太郎は追われる身となり、地方回りの市川十蔵一座に逃げ込んで助けられる。
妹のおすがは請われて大久保家城代の琴姫付きの女中として奥勤めとなる。不幸にもおすがは、佐伯の手の者に殺されてしまう。殺されたおすがは黒い烏蛇となり、琴姫の身辺に現われては琴姫の危難を救うようになる。佐伯はいやがる琴姫を但馬の豊岡城主京極飛騨守の許へ嫁がせてしまう。若殿は琴姫の寝室を訪れると、決まって烏蛇が琴姫の膝元に現われ、夫婦の語らいを邪魔立てする。その話は、いつしか城下に広まり、誰いうとなく琴姫を蛇姫様と呼ぶようになった。
琴姫の命を狙う佐伯一族。妹おすがの仇敵佐伯一族を狙う千太郎は、埴原一刀斎の助力で佐伯兄弟を討ち、左衛門を自害に追い込む。
【逆縁】丹羽文雄作。小説。1946年(昭和21)『新風』創刊号に発表。丹羽文雄は、1944年(昭和19)烏山町の大崎松之助方に疎開し、翌年には、小貝村(現市貝町)竹内、平野とり方へ再疎開した。この小説は、丹羽文雄が間借りしていた平野家のできごとを、ほぼ事実に沿って描いたもの。
54歳になるおとりさんは、4月に二男を病気でなくし、続いて5月には、夫に先立たれ、今度は長男良平の戦死の公報に接する。1年もたたないうちに、3つの不幸を背負い込んだおとりさんの嘆きと悲しみ。良平には、27歳になる妻と、子供の進がいた。嫁は夫の葬式から4か月目に突然おとりさんの家に戻ってきた。
石にかじりついても後家を通しますと、おとりさんにいう。おとりさんの胸のうちは、三男の定夫と逆縁してくれることを願う。嫁も説得されて逆縁に同意する。
しかし嫁の心の中は、「あの人が戻って来たら、どうなることでせう。」と、運命の恐ろしさにさいなまされる。子供は戦死した夫に生き写しである。
【こおろぎ】丹羽文雄作。小説。1950年(昭和25)『中央公論・文芸特集』に発表。約1年半の疎開中に、新鮮な感覚で農村生活の実態を観察し、それを幾つかの短編にまとめているが、この小説は、その代表的佳作。農村に疎開した都会人の、悲しくも哀れな末路が象徴的に描かれている。
東京で中流階級の奥さんとして暮らしていた主人公筧は、夫に先立たれ、子供3人を連れてこの村に疎開した。筧は、村役場の助役の口利きで役場の雑役係として勤めているが、ある日助役は、職員が帰った後の掃除をしていた筧を、無理に部屋に押し込めて操を奪う。
懐に手を入れてみると、いつの間にか百円札が3枚入っていた。女であったことを思い出させる一方、わが身のやるせない悲しみに泣き崩れた。
ある夜筧の寝室へ東京を食い詰めて村に帰ってきた青年が忍び込む。「助役さんなら、かまわねえのか。」という。筧の全身から力が抜ける。疎開者を、よそもんとして人間扱いにしてくれない村人たちを憎み、助役を呪った。筧のあまやに忍び込む男たちは5人を数えるようになる。
男たちは、米、麦、芋などを持参し、しまいには、筧の方から必要品を口に出すようになった。筧の不行跡は村中の評判になるが、やがて肺の病に冒され他界する。 
2005年10月1日に、南那須町と烏山町が合併して那須烏山市となる。

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