結城合戦 (ユウキガッセン)
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1440年(永享12),下総の豪族結城氏朝が,永享の乱(永享10年)で自殺した鎌倉公方足利持氏の遺子永寿王丸を擁して,幕府や関東管領上杉憲実に抗して起した反乱をいう。永享の乱の終結した翌年3月,日光山にのがれていた持氏の遺子安王丸・春王丸が芳賀郡茂木城で挙兵し,次いで下総結城郡の結城氏朝をたより,結城城に籠城。籠城1年,幕府軍や関東管領軍に敗れ,氏朝は自殺。春王丸・安王丸は捕えられ,美濃で殺された。概して幕府=関東管領側には惣領層,結城側には庶子層が組した。下野では,例えば,小山氏は惣領の持政が幕府=関東管領側に,庶子の大膳大夫が結城側に,宇都宮氏は惣領等綱が幕府=関東管領側に,庶子の伊予守が結城側に組した。